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まとめてポン!2003年4月〜6月編

 いや〜、なんだかんだと4月5月はバタバタしていて、映画を観る時間は捻出できたものの、レビューをアップする時間がまったく取れませんでした(汗)。そして、6月に入ってもその状況は全然変わらず、だけど観たい映画だけはドンドン増えていく。ま、レビューのために映画観てるわけじゃないんで(開き直り)。てなわけで、記憶も薄れつつある今、いつもと同じレビューをアップするなんて自殺行為に等しいということで、下記の作品のレビューに付いてはいつもよりあっさり目の感じでここでまとめてアップしちゃいますんでご承知置きくだされ。

アバウト・シュミット
過去のない男
神に選ばれし無敵の男
キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン
ギャングスター・ナンバー1
黒水仙
少女の髪どめ
トエンティマン・ブラザース
二重スパイ
ニューヨーク 最後の日々
NOVO〜ノボ〜
灰の記憶
ハッピー・フューネラル
Bモンキー
ブリー
blue
ブロンドと柩の謎
ベッカムに恋して
ホーリー・スモーク
ミー・ウィズアウト・ユー
ミッシング・ガン
めぐりあう時間たち

六月の蛇
ロスト・イン・ラ・マンチャ



アバウト・シュミット

 「すべてを失くした日、人生最高の贈りものが届いた。」
 まずは主演のジャック・ニコルソンの演技が素晴らしい!会社のために忠誠を近い、一生懸命働きつづけて定年退職を迎えたら、後にはな〜んにも残っていなかったという中年男性の悲哀をこれでもかと言わんばかりに滲み出させている。これってある意味会社人間だと碌な老後を迎えられないよっていう、皮肉でもあり、世の中高年のお父さん方は結構身につまされたりして(笑)。
 オマケに妻には先立たれ、愛する娘は訳分かんない男と結婚するというし、自分を見つめ直す旅に出たら出たらでキャンパー仲間の奥さんには心の内を見抜かれてるし。娘の結婚式でも、あんだけ大反対してるっていうのに心にもない綺麗なスピーチで自分の胸のうちもさらけ出せない。それで帰宅してからやり場のない鬱積した気持ちを爆発させたりして。男って、なんだかんいって小心者で情けないんだよね。だけど、こんなにも情けないのに「あ〜、そうそう!そういうことってあるよね〜。」という共感の気持ちを持って受け入れることができるというのは、やはりジャック・ニコルソンの過去のいくつかの作品にあるような狂気をはらんだ雰囲気ではなく、かなりノーマルな、どこにでもいる中年男性を演じるその確かな演技力の賜物だと言えるのだろう。ストーリー的にはさして目新しさのあるものでもないのに、これだけ楽しむことができたというのも、彼のおかげだろう。ってことは、ジャック・ニコルソンが主演じゃなければどうってことのない作品になってたりして(汗)。
 ちなみに、あたしはこの作品を感動作とかとして捉えるつもりはないので、ラストについても「感動した!ウルウル。」ではなく、自分のことを認めてもらいたい、受け入れてもらいたいと思って一生懸命になる相手には自分の気持ちが通じることもないのに、ぶっちゃけ単なる暇つぶしの相手として選んだはずの彼が自分のことを受け入れてくれたというところに、なんともほろ苦い人生の皮肉を感じてしまったという、かなりひねくれた感性の持ち主だったりするのだ。なので、あれを大きなプレゼントは思わないぞ(笑)。
 ちなみに、ジャック・ニコルソンの素晴らしい演技とともに印象に残ったのが、キャシー・ベイツ(彼女も貫禄十分)の"乳"。あれはマジで怖いぞ〜(謎爆)。

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過去のない男

 「人生は前にしか進まない」
 唐突だけど、あたしは今巷に溢れかえっている"前向き"、"ポジティブ志向"という言葉が大嫌いだ。というのも、今使われているこれらの言葉の意味するところが、あたかも過ぎたことは関係ない、後ろを振り返ることなくすべて簡単にリセットして生きていこうという意味合いで使われている気がしてならないからだ。はたして、生きていくということは、そういうものなんだろうか?時には後ろを振り返ったり、立ち止まったりしてもいいじゃないか。その中で、自らの過去と真剣に向き合い、それとの折り合いを付けた上で前に進んでいくというのが真の意味での"前向き"ということなんじゃなかろうか?それがどんなものであっても、過去があってこそその人の"今"、そして"未来"があるんだから。
 さて、カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞したこの作品、パッと見は記憶喪失という"過去"がないということで、過去は関係ないというテーマにも思えるが(モチロン、過去がないということで、過去に縛られようがない、ひたすら前にしか進む他はない、進む中でいくらでもその可能性が開けるということもまた真理だと思う)、しっかり最後には過去と向き合うことで未来に進むという道を選択する、決して単純な過去のリセットなんかではない、これぞ真の意味での"前向き"、"ポジティブ"な作品と言えるだろう。
 なんとも無愛想で、だけどその中に何気ない日常、男を囲む周囲の人々の温かさが絶妙に描かれ、その上優しさとユーモア、ペーソスが溢れている、観終わってジワジワと来る余韻がたまらない秀作に仕上がっている。

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神に選ばれし無敵の男

 「歴史の裏に隠された真実がここにある」
 実話を基にして描かれた、ナチス台頭下のベルリンで、運命に翻弄される対照的なふたりの男の生き様。
 心優しき屈強な男ジシェは、ユダヤ人であることに誇りを持ち、この時代に、それを隠すことなく生きていく。なんとも気高き精神性が感じられる。当初、この作品の邦題を耳にしたとき、正直「?」と思ったのだが(確かに"INVINCIBLE"って"無敵"って意味だけどさ)、実際に作品を観て、ジシェの精神性に触れることによって、違和感を感じることがなくなった。そう、彼は"神"が使わした真の意味での"無敵の男"だったのだ。
 一方、ヒトラーの千里眼として頭角を現したハヌッセンは、人心を操りながらも実はある秘密を抱えていて、それが彼の哀しい末路への序章となっていく・・・。この小悪党ハヌッセンを演じるティム・ロスがとにかく素晴らしい。ひとつひとつの身のこなし、凛とした立ち居振る舞い、それでいて、心の中に抱える不安を隠しきれないような哀しげな瞳。ここ数作の彼の出演作品の中でも、彼の魅力を堪能するという意味では出色の出来ではなかろうか。それだけに、前述したあの末路が哀しすぎる・・・。

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キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン

 まず、オープニングのアニメが素晴らしい。この後のドラマの展開に期待を繋ぐような、古きよき時代のアメリカ映画といった趣のセンスの良さが感じられた。これだけでも☆1個分くらいの価値があるかも(笑)。
 で、肝心のドラマ部分についても、スピルバーグってこんな作品も撮れるんじゃんと思わず誉めてあげたくなるような、最後までリラックスして観られる肩の凝らないエンターテインメント仕上がっていると思うよ。どうせなら、ツマラン特撮ものなんか撮らずに、今後はこの手の作品を撮ればいいのに。って、大きなお世話かしら(笑)。
 そして、主演のレオ様、彼も久しぶりにいい演技を見せてくれている。あの七変化振り、高校生に見えるし。でも、彼がこの犯罪に走ることになった背景には、もう一度家族の絆、昔の素晴らしい日々を取り戻したいという切なる思いがあって、その気持ちに思いを馳せるとなんか胸がキュンとしてしまう。ラスト近くで逃走して母親の新しい家の窓から中を覗き込み、母親の新しい家族と幸せそうな家庭の様を目の当たりにしたときの彼の気持ちが痛い。この辺の気持ちの推移を観客側にしっかり伝わるように演じているのもOKでしょう。あたしはハッキリ言ってレオ様は大嫌いなんだけど、こういう演技をできるんだと、少し見直した。好き嫌いは別にして、掛け値なしに素晴らしかった「ギルバート・グレイプ」 での演技は決してフロックではなかったってことかな。
 そんなレオ様以上に存在感バッチリだったのが、我らが(笑)ウォーケン様。家族の前では決して弱みを見せずに威厳のある振舞いをし、息子のことを誇りに思い、最後まで信じようとする父親としての想い。今回は"普通"のお父さんのはずなんだけど、やっぱりあの瞳や表情や仕草など、単なるノーマルな父親像に終わっていないところがウォーケン様のウォーケン様たる所以なんだろう。そして最期は駅で転んで首の骨を折って死んじまうっていうのも、彼らしいな〜と、不謹慎ながら思はず笑ってしまひました(爆)。
 それにしても、みんながああいう犯罪にコロっと騙されてしまうあの時代のアメリカ、なんとものどかで語弊があるかも知れないけど、いい時代だったんだな〜と、しみじみ。

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ギャングスター・ナンバー1

 「超えなければならない男がいる。」
 マルコム・マクダウェル演じる頂点に昇り詰めた年老いたギャングスターの回想がメインのこの作品、その回想シーンの中で若きギャングスターを演じるポール・ベタニーがたまらなくカッコいい。裏社会の頂点に君臨するボスに憧れ、彼のために働き、いつしか嫉妬や愛情など、愛憎入り混じった感情に囚われ、トップの座を取って代わろうと狂気の淵に沈み込んでいく若きギャングスター。そんな彼の姿を狂気をたたえた瞳でクールに、そしてセクシーに演じるのがたまらなくゾクゾクくる。
 その一方で、年老いたギャングスターを演じるマルコム・マクダウェル、「時計じかけのオレンジ」のアレックスが懐かしいが(笑)、ボスにとって代わってすべてを手中に収めもう不満などないはずなのに、妙に感じる物足りなさと一抹の寂しさ、それをこれまた狂気を交えながら存在感たっぷりに演じるのが流石だ。そして、ボス、フレディを演じるデヴィッド・シューリスも、なんともしなやかに裏社会を牛耳るのがイイ感じ。
 この男たちのドラマを壮絶な暴力シーン(これは、バイオレンス映画がダメな人にはもしかしたら観るに耐えないかもしれない)も交えながら怒涛の展開で力技で押し進めていく。これぞまさしく"男の世界"。いや〜、クールである意味ロマンチックだ。あ、念のために言っておくけど、あたしは別に暴力を礼賛している訳じゃないからね。でも、「ゴースト・オブ・マーズ」 でも触れたけど、こういう作品を観ると、HR/HM を聴くのと同様に、自分の中の破壊的、暴力的な衝動が昇華されて気持ちいいのだ。

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黒水仙

 「もう一度、逢うためだけに生きてきた」
 殺人事件の真相究明というサスペンスを描きつつ、その捜査の過程で明らかになる朝鮮戦争時における南北分断の歴史、その爪痕に翻弄される哀しい運命と永遠の純愛が味わい深い。まだまだあたしたちが知らない歴史の暗部が描き出され、同じ民族同士が争わなきゃならないというのがやはり悲しい。
 でも、肝心のサスペンス部分が典型的というか、先の読める展開だったのが些か残念。登場人物の相関関係もやや分かりにくかったし。だけど、この作品の肝は実はサスペンス部分ではなく、"純愛"部分だと思うので大きな問題ではないだろう。それ故あのラストシーンにおけるソクの叫びには胸が痛む・・・。もっとも、より脚本が練られていたら、もっともっとこのラストにはグッとくるものがあっただろうけどね。
 今までのほのぼの系のイメージが強いイ・ジョンジェ がクールにアクションを決めてるのもカッコいい。ただ、軸となるソクとジヘを演じるアン・ソンギとイ・ミヨン、さすがにそれぞれひとりで50年の時間の流れを演じるのは無理があるんでないの?到底70過ぎの老人には見えず、どうもそこに違和感を感じてしまった。

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少女の髪どめ

 「君のために。」
 戦火のアフガニスタンを逃れ、イランに暮らすアフガン難民たち。その生活はあまりにも過酷で厳しい。わずかなしかも辛い仕事と最低の暮らし。だけど、そうしないと生きていけない。この作品を観て、そんな生活を強いられている人々に対する我々傍観者である観客の無力感を大いに感じてしまう。そして、そんなアフガン難民である、女であることを隠して建設現場で働く"少年"に対し、ただひとりその少年が少女であるという秘密を知ってしまったイラン人青年が無償の愛を注ぐ。決して同情や恋愛感情というのではなく、彼女を見守り、とにかく彼女を守るためにはどんなことでもやろうという意志の強さ。彼自身の生活だって楽なはずはないのに、必死で行動する彼のその気持ちに胸が締め付けられる思いがする。物語が進むにつれて、彼の表情が徐々に変化していくというのも興味深い。
 そして、ラストで戦火のアフガニスタンに戻ろうとする彼女の家族。どんな状況下であっても、やはりそこが故国、ホームなのだろうか。最後までお互いに言葉を交わし合うことのなかった彼ら。だけど、あの雨の中の印象的なラストシーンでもって彼らの気持ちが通じ合ったと信じたい。

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トエンティマン・ブラザース

 「趣味=盗み 特技=盗み 職業=泥棒」
 「プリシラ」 のプロデューサー、アル・クラークとガイ・ピアースが再びタッグを組んだ、オーストラリアを舞台に繰り広げられるなかなか痛快なクライム・ムービーだ。まずはこの作品の中心となる泥棒3兄弟のキャラがそれぞれ魅力的。長男ダイルを演じるガイ・ピアースは無精髭が決まってクールでカッコよくて弟たちをしっかり仕切るその姿、「タイムマシーン」 での悪夢はこれで払拭されたかも(爆)。それと、次男のマルの微妙にのほほん、ほんわかしているキャラや三男シャインのキレやすい性格とオッパイ・フェチつうのも嫌味がない(笑)。で、その身上は"決して誰も殺さないこと"、"必ず兄弟だけでやること"とあるだけに、いざ仕事にかかると手際の良さと抜群のチームワークを発揮するというのがこれまたいい。兄弟だからファミリー・ネームは同じというのは当然としても、その響き、RAMONESTHE DATSUNS を思い起こしてなんだかニヤリ(笑)。
 ストーリー的には最初の方で多少退屈した気がしたけど、それを補って余りある魅力的な3人のチームが活躍するだけに、後半はあたしもチームの一員になった気がして映画の世界に入り込んでいたからそんなことはどうでもよくなっていた。それに、後半になるに従って先の展開が読めなくなってくる脚本も実は結構よく出来ているということに気付かされたしね。
 そして、ダイルの妻でダイルたちが服役している間に最後にはブラザーズを裏切る、仕事の手引き役の弁護士のフランクとできちゃったキャロルを演じるレイチェル・グリフィスも、「シャンプー台のむこうに」 のときとはまた一味違う悪女ぶりがなんとも。あの刑務所の面会所のガラスにあれでスマイル・マークを書いちゃうって・・・(謎爆)。ところで、あのソーセージってもしかしたら・・・?

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二重スパイ

 「北と南、もうどちらにも帰れない―。」
 南北分断を描いた作品としては、日本では「シュリ」「JSA」 がよく知られているわけだけど、この作品の時代背景は1980年代前半。「KT」 よりも後、「リメンバー・ミー」 などと同じくらいの時代になるのだろう。
 革命を起こすために脱北者を装って韓国に潜入し、そこで南北双方の"スパイ"として活動する男と父親が北のスパイであったために必然的に韓国国内でスパイとして活動しなければならない女。そこで時代の波に翻弄される彼らという題材は非常に興味深いし、1980年代前半という、つい最近とも思える時代にお隣りの国ではこんなことが行われていたというのにも驚き、また今までの作品とは異なった視点というのも興味深いのは間違いないところ。だけど、拷問シーンなどにリアリティが感じられるものの、肝心のドラマ部分にどうも緊迫感や切実さが感じられないために、いつの間にか作品世界に入り込めずに取り残されてしまったというというのが正直なところ。それに、この内容に妙なロマンスの入り込む余地なんてないんじゃなかろうか。どうせなら、こんなロマンスなんて排して、徹底的にハードな内容にすればよかったのに。そんな気持ちが強いので、あのいかにもといった、この手の作品にはお約束のラストも取って付けたような気がして何だかな〜って感じ。ま、ハン・ソッキュの南と北の表情を対照的に使い分ける演技力は流石だとは思ったけどね。てなわけで、ハズレとまではいかないけれど、取り立てて心に残る作品ではない。これじゃあ韓国でコケたのも分かるような気がする。

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ニューヨーク 最後の日々

 「この街で生きてきて、自分はタフだと思っていた。彼女に出逢うまでは。」
 華やかなセレブの世界を泳ぎまわって生き抜くパブリシスト、イーライ。だけど、そういった虚飾に塗れた世界に疲れ果ててべネフィット・イベントを最後に引退しようと決意する男を、アル・パチーノが好演している。彼のいかにも草臥れた中年男の風情がなんともいえない味わいがある。
 そして、クライアントから頼まれたとあるスキャンダルのもみ消しをきっかけにして政治の世界、セレブの世界のパワーゲームに巻き込まれ、それでも最後の意地と言わんばかりにイベントの成功のために奔走するその姿、そして死んだ弟の妻ビクトリア(彼女を演じるキム・ベイシンガーはいつになっても若いやね)に対する隠し切れない気持ち、社会派ドラマとしては正直途中でダレてしまった部分が少なからずあるだけに、彼の好演が大きな救いになっている。それ故、あのようなラストを迎えるとはなんとも切ない。ニューヨークという都会の荒波に完全に呑み込まれた男の末路。これが一見華やかな都会の裏側なんだろうか・・・。

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NOVO〜ノボ〜

 「何度も私に恋して。」
 てっきり「オープン・ユア・アイズ」 のエドゥアルド・ノリエガ主演だからスペイン映画だと思ったらフランス映画でした(オープニングでどうみてもこりゃフランス語だなと、妙な気がしたんだよね)、というのと、彼が主演で、なおかつ記憶が5分ともたない男が主人公ということならば、当然「メメント」 のようなサスペンス・タッチのを期待しちゃうところが、ぢつはファンタジックなラブ・ストーリーだということに途中で気付き、見事にノリ切れずにラストを迎えちゃったということで、あたしの記憶にも残りませんでしたのよ(汗)。
 でも、確かにチラシをよく読めばフランス映画って書いてあるし、あらすじをどこをどう読んでもサスペンスの薫りはどこにもないやね。やっぱ映画を観るときは、ある程度の予備知識を持たないといけないってことを痛感して、勉強になりました。
 それはともかくこの作品、記憶が続かない男に恋した女性が、最初はいつでも新鮮な恋愛体験をできると喜んだのも束の間、やっぱり彼には自分のことを記憶して欲しいと望み、そんな中で彼の記憶が戻り始めたとき、彼は過去の生活を取るのか、今の生活に基づく未来を取るのかという一点に集約されるのだろう。しかし、物語の展開の仕方がどうも噛み合せがよくないために、彼らの心理状況をよく理解できないまま終わってしまったというのが正直なところで(あの、歯を女性のアソコに挿入するという行為は何を意味するのだろうか?)、それ故ラストに提示される結論に付いても「ああそうですか、そりゃよかったね。」と、感情移入もできずに傍観者的な観方をしてしまった。
 それにしても、今の映画は昔と大違いで、女性のヘアや男性のシンボルもモザイクなしでOKなんて、スゴイのね〜と、妙な感心の仕方をしたりして(笑)。ちなみにイレーヌ役のアナ・ムグラリスは、シャネルの新ミューズに抜擢されたということで、確かに綺麗だし、セクシーだとは思うけど、あたしのタイプではないかな(笑)。

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灰の記憶

 「少女の鼓動は彼らに勇気と誇りをよみがえらせた。」
 今年はユダヤ人をテーマにしている作品を数多く観ているが、この作品は、そのどの作品とも異なる視点でとてつもない衝撃を与えてくれた。もともとが実在のユダヤ人医師ニスリの手記をもとにした舞台劇の映画化ということで、舞台となるのはアウシュビッツのユダヤ人強制収容所。ここで"ゾンダー・コマンド"と呼ばれるユダヤ人たちが、自らのたった4ヶ月の延命と食事などの特別待遇と引き換えに同胞をガス室に送り、その遺体を焼却する。平和ボケしたあたしたちから見ると、なんでそんなことを?と思ってしまうかも知れないけれど、そこにあるのはわずかといえども生に対する執着なのか。だけど、最終的に彼らを待ち受けるのは間違いなく死。やがて訪れる死を覚悟しつつも今ある"生"を生き、今日も同胞を焼く。いわば諦めにも似た気持ちなんだろうか。そんな彼らの胸中をすべて察することなんてあたしには到底不可能だけど、それでもこの作品を通じてその一端を垣間見たような気がして心が痛み、胸塞がれる思いがする。そのことは、"ゾンダー・コマンド"だけではなく、この収容所で人体実験を行うユダヤ人医師ニスリにも言える。彼にしても、家族の命と引き換えに同胞の身体を切り刻む。拒否すれば、待っているのは自分だけでなく家族の死。そんな彼らを取り仕切るハーヴェイ・カイテル演じる軍曹はどんな気持ちで彼らを見つめているのだろう。戦争という狂気が生み出すこの空間にはもはや人間性など求めてはいけないのだろうか。
 もっとも、ユダヤ人たちもやられっ放しではなく、焼却炉の破壊を密かに目論み、奇跡的にガス室で生き残った少女を命がけで守ろうとする。そこには、彼らの人間としての最後のプライドが感じられる。しかし、そんな彼らの切なる思い、一筋の希望もラストでは完全に打ち砕かれる。痛くて痛くてスクリーンを注視するのが辛い。だけど、これが戦争の現実。ここで感じられる衝撃は、「戦場のピアニスト」 と同等、いや、「戦ピ」 のように感情移入を一切排した作品ではない分だけ、もしかしたらそれ以上のものかも知れない。
 今回監督を務めたティム・ブレイク・ネルソン、「O(オー)」 では今イチ話の持って行き方に難を感じたけれど、ここではそのイメージを完全に覆すだけの手腕を発揮していると思う。今後にも要注目の監督だろう。そして、我らが(笑)ブシェーミ、このなんとも重く痛い作品にあって、やっぱりブシェーミはブシェーミであるということが、ある意味救いになっているかな(謎笑)。

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ハッピー・フューネラル

 「遺言は、笑って泣けるお葬式。」
 えっと、この作品は、中国においても資本主義の波が押し寄せて、"人間の死"、そしてそれを送り出す"葬式"という、本来なら荘厳なものであるはずのものまで商売にしてしまう現代社会の商業主義に対する強烈な皮肉なんだろうし、その皮肉というのも伝わってきたのは間違いない。あの、紫禁城をバックに一面に広告に覆われるシーンなどはある意味強烈。だけど、実際の中国における葬式がこのようなものなのかどうかはともかく、ストーリー展開がなんとも退屈でメリハリがなく、観てるそばから苦痛になってきて、何度となく眠気を催した。これは、この作品のキャッチコピーと作品の内容とがあまりにもかけ離れていて、まったく違うものを期待して観てしまったからなんだろうな〜。てなわけで、ラストについても「あっそう。」って感じで、観てるこっちは全然ハッピーな気持ちにはなれませんでした(苦笑)。あたしが死んだら、こんな極端なことはしなくていいから、灰を海に撒いてくだされ。

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Bモンキー

 「このまま3人で、世界が崩れ落ちるのを見ていたかった。」
 ロンドンを舞台にしているだけあって、ストリート・ギャングものとしては、ハリウッドとはまた一味違った感覚のテイストが感じられるかなと。コード・ネーム"Bモンキー"ことベアトリスと彼女を囲むふたりの男ブルーノとポール。この3人の愛ともつかぬ微妙な関係が興味深い。しかし、ある日突然足を洗ったベアトリス(ホントにこれがまさに唐突)がこれまた突然小学校教師アランと恋に落ちるあたりからこの微妙な関係が崩れ始め、坂道を転がり落ちるように思わぬ方向へと突き進む。だけどね、このベアトリスとアランがいきなり恋に落ちるのって「どうなのよ!?」と、思わずツッコミを入れてしまいたくなったりして(笑)。元ストリート・ギャングと堅物の小学校教師。普通だったら決して交わることのないふたりの恋、この辺は観客の恋愛感が微妙に影響してくるのかも知れないけれど、なんか前置きもなくホントに唐突なので、ちょびっと退いてしまうよ。でも、こういう出会い頭の恋愛というのもありなのかしら?
 そして、ラストで人里離れた所で繰り広げられる最後の闘い、ここでもブルーノのベアトリスに対する気持ち、同じくアランのベアトリスに対する気持ちが重なり合って、なんか痛い。やっぱりこれもひとつの愛の形なのかな? 

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ブリー

 「ちぎれた心が暴走する」
 実際に起きた高校生による凄惨な事件を題材にした作品というと、今や映画ファンなら誰でも知っていると言っても過言ではない「ボウリング・フォー・コロンバイン」 が真っ先に思い浮かぶのだろうけど、こちらは南フロリダで起きた集団リンチ殺人事件を題材にした衝撃作だ。
 ここで登場する若者たちは、SEXやドラッグに溺れ、学校にも行かずバイトもそこそこに、日々を退廃的に生きている。そこには家庭環境や仕事など、周囲に対する苛立ちというのもあるのだろうが、彼らが最後に選ぶのがいじめっ子を集団でリンチして殺しちゃうというもの。だけど、実際に起きた事件の真相がどうなのかは別にして、この作品中で描かれるいじめっ子とその他の連中との関係というのが、ホントにいじめられて止むに止まれず殺しちゃうというよりも、とりあえずリーダー面していい加減ウザくなってきた奴を、いいじゃん、メンドーだから殺っちまおうぜ的なノリで手にかける。実際にはその"被害"に遭っていないはずの若者も、俺もあたしも面白そうだから手を貸すぜみたいにして参加しちゃう。ある意味いじめられっ子としての切実さや切迫感というのがまったく感じられない。そのなんとも無軌道・無計画ぶり、そして思慮のなさが哀しくて痛い。決して彼らに共感を覚えることはないけれど、ここ日本でも簡単にキレる若者が多いように、今の世の中このような若者が決して少なくないということは覚えておくべきだろう。これは社会の病巣のほんの一面に過ぎないかもしれないのだから。
 それにしても、アメリカという国は未成年者の犯罪であっても罰すべき者は厳しく罰するのだということを実感する。日本でも若者の未来のためにとか、更生のチャンスを与えるとか綺麗事を言っていないで、未成年だろうがなんだろうが、罰すべき者はキチンと実名を挙げて厳罰に処した方が、よっぽど彼らのためになると思うんだけどね。
 ちなみに、いじめられっ子役のブラッド・レンフロは、「ゴーストワールド」 の汚名を返上する演技を見せているし、"いじめっ子"を演じる、「イン・ザ・ベッドルーム」 で注目され、「T3」 でジョン・コナーを演じるニック・スタールも、今後が楽しみな若手俳優だ。

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blue

 「恋人ができるまで。」
 どこにでもいる地方の女子高生たち(等身大の魅力がいい)の日常が繊細にそしてリアリティをもって描かれる様、その中で友情が芽生え、ぶつかり合い、相手に対する思いが強すぎる故に無意識のうちにかえって相手を傷つけてしまったり、その結果自分も傷ついて。そんな彼女たちの感情の起伏がスクリーンを通して手に取るように伝わってくる。
 それから、市川実日子と小西真奈美のキスシーンも、決して同性愛とかそういうものではなく、なんとなく相手に憧れてという感じが理解できるし、いやらしさなど微塵も感じさせることのない、逆に清々しく爽やかな印象すら残してくれる。
 また、時代設定は間違いなく現代なんだけど(だって、彼女たちが通学に使っているバスの窓硝子にサッカーW杯のステッカーが貼ってあるんだもん。ロケ先は新潟だね)、オリジナルのコミックがそうだからなのか、ケータイもパソコンも出てこない設定というのが逆に新鮮な感じがした。ここに登場する彼女たちは今どきっぽくないんだけど、地方出身者であるあたしとしては、「そうそう!」って感じでそれが自分の高校生時代を思い起こさせる結果になり、甘酸っぱく、ノスタルジックな気持ちになってちょっぴり胸キュン状態。男だからとか、女だからとかいうことは、この際関係ないと思うな。ラストシーンも印象的。

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ブロンドと柩の謎

 「今宵、船上で殺人を。」
 1924年に起き、関係者が口を閉ざし、その真相が明らかにされないまま今日まで至るハリウッドの2大ミステリーと謳われる「オネイダ号の謎」の真相が実はこうだったのではないかという大胆な仮説に基づいたミステリー・タッチの群像劇だ。もっとも、作品の骨子を成しているのは謎解きということではなく、この時代の一見華やかに見えるセレブたちのある意味ドロドロした人間模様。そこに一抹の空虚さなんかも感じたりして。
登場人物の中で特に中心に据えられているのが新聞王ハーストと喜劇王チャップリン、そして彼らに愛されたマリオン・デイヴィス。若さ溢れる彼女を巡るおやぢたちの恋の鞘当てというのがなんとも滑稽で男としては身につまされる(苦笑)。この作品においては、そもそも事件の発端というのが嫉妬の炎に燃える哀れな勘違いと結論付けられているのだから。
 そして、この"事件"が起きた後のセレブたちの本音や計算高さが、人間の本質を表しているような気がしてこれまた興味深い。だけど、どうも作品途中に中だるみを感じる部分もあって、最後まで集中して観られたかというと決してそうでもないというのが些か残念なところ。
 ちなみに、マリオンを演じるキルスティン・ダンストは、「スパイダーマン」 ではハッキリ言って何の魅力も感じられなかったのだけれど、ここでは意識するしないにかかわらず、男どもを結果として手玉に取るキュートな魅力を発散していると思う。だけど、チャップリンがホントにあんな風に女たらしだったとしたら、なんか彼に対するイメージ狂っちゃうな(笑)。

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ベッカムに恋して

 「女の子がサッカー!?でも、夢は絶対あきらめない。」
 いや〜、このトホホな邦題に騙されてパスした人はお気の毒様(笑)。なんとも爽快で元気をもらえる極上のスポーツ青春ドラマだ。原題は「BEND IT LIKE BECKHAM」。ベッカムに喩えて人生は真っ直ぐでも平坦でもない。だけど、自分の強い意志と努力でその軌道をいくらでも曲げられる(変えられる)んだというメッセージが伝わってくる。
 その青春ドラマに人種の問題、宗教の問題などの重いテーマを絡ませつつも、決してそれがヘヴィに感じられることなく、ライト感覚でごく自然な形で観る者の心に何かを残してくれる。そして、この手の作品にお約束の家族愛、友情、恋愛模様などもしっかり描かれているしね。特に姉の結婚式とジェスにとっての大事な試合が重なったときの自分の過去の経験に即した彼女の父親の言葉がグッとくる。こっそり試合を観に行ったりして、娘を思う父親の気持ちというのはどこの国でも変わらないということか。
 あとね〜、個人的にはジョージ・マイケル・ネタやナブラチロワ・ネタに思い切り笑わせてもらったのと(笑)、ああいうインド式の結婚式がなんとも賑やかでパワフルで、ああいう式なら結婚してもいいかな〜!?なんて思ったりして(笑)。
 とはいえ、やっぱりこの邦題は何とかならなかったのかね?間違いなくこれで観客動員数2割以上減だと思うんですけど・・・。

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ホーリー・スモーク

 「空に抱かれ太陽に愛され、それでも私はひとりだった。」
 え〜っと、無宗教、無神論者のあたしには、この作品の中に出てくるマインド・コントロールということは正直理解できないんだけど、それを介在してマインド・コントロールを解こうとする男とそれを頑なに拒もうとする女の魂と肉体の官能的なぶつかり合いはかなりスリリング。ドラマ部分にはさして見るべきものがあるとは言い難いものの、ルースを演じるケイト・ウィンスレットとP・Jを演じるハーヴェイ・カイテルが共に素晴らしい。
 正直、去年「アイリス」 を観るまでは、ケイト・ウィンスレットのことをなんてことのない女優だとすら思っていたのだけど、あの作品で彼女のことを見直したために、今回も体当たりの彼女の熱演に思わずクラクラ(笑)。とても魅力溢れる演技だったと思う。あれならハーヴェイさんならずとも・・・(謎笑)。それと、ハーヴェイ・カイテルもあれは凄い。最後の赤いドレス&口紅なんて、一歩間違えると"色物"になってしまうだろうが、彼が演じたからこそ、クライアントとの愛欲に溺れた男の哀れさ、情けなさが感じられ、語弊があるかもしれないけど様になっていたと言えるわけで、あれを三流の役者が演じていたら、きっと「金返せ〜!」になってただろうな、あたしの場合(笑)。
 それと、あたしのオタク心をくすぐったのが、バーで演奏するロック・バンドとして、THE ANGELS ご本人たちが出演してたこと。最初なんか聴き覚えのある曲だな〜って思ったら、"Am I Ever Gonna See Your Face Again" で、しかも、ゲ、本人じゃんみたいな。さすがオーストラリア映画(笑)。昔オーストラリアに旅行したときに、彼らのTシャツやらビデオやらCDやらバッジやらを買い込んだことを思い出した。でも、ビデオは方式の違い(オーストラリアはPAL方式)で我が家のビデオデッキでは再生できなくて、しばらくお預けを食ったっけ(後日NTSC方式にダビしてもらえた)。でも、彼らって日本じゃほとんど知られていないバンドなので、きっとこのシーンで反応したのは日本広しといえどもあたしくらいなもんだろうな〜と、妙な優越感を覚えたりして(笑)。てなわけで、レビューよりも余談の方が長かったりするわけだけど(苦笑)、あたし的には彼らをスクリーンで拝めただけで観る価値のある作品ということで(笑)。

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ミー・ウィズアウト・ユー

 「あの頃には戻れない。だけど一緒にいたい―」
 まず、男だからとか女だからとかという考え方には基本的には賛同できないあたしだけど、それでもこの女のコの友情を描いた作品についてはやっぱり女のコの方がより深く共感したり感情移入しながら観ることができるんだろうな〜と思わずにはいられない。是非、女性の視点から観た意見を聞いてみたい。
 小さい頃からあたかもシャム双生児のようにくっついて離れられないホリーとマリーナ。その関係は、大学生になっても社会人になっても変わらない。でも、ただ単にベッタリくっついて仲が良いというのでもなく、時にはぶつかり合い、お互いの足を引っ張るような真似をしてみたり。でも、これって本音の付き合いをしているからできることなのかな?この辺の愛憎入り混じった心理はというのはさすがに深く理解することはできないけど、なかなか興味深かったのは確か。それと、70〜80年代当時のファッションや音楽もひとつの見所かも。

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ミッシング・ガン

「自分の足跡を探れ!」
 え〜っと、これって"ミステリアス・ヒューマン・ドラマ"なわけ?拳銃を無くした警察官が、もがき苦しみながら奔走する過程で色々なものと向き合っていくというコンセプトなんだろうけど、う〜ん、そのミステリーの部分がどうにもこうにも中途半端なもので、退屈のあまり途中で寝ちゃった(汗)。ラストも完全にお約束的だし、人間の気持ちのあやなんかも取り立てて伝わってこなかったしね。
 「ハッピー・フューネラル」 のときも思ったけど、別に中国がわざわざハリウッドと組んで撮る必要ってないんじゃないの?オープニングなんて、モロにハリウッドっぽいんだもん。中国映画には中国映画の良さがあるわけで、下手にハリウッドが絡むとロクなことにならないということを見事に立証した作品ということで(汗)。この作品の記憶もミッシングしちゃおうかしら(爆)。

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めぐりあう時間たち

 「人生はいつもミステリー たった一日で全てが変わることもある」
 イギリスの女流作家バージニア・ウルフの「ダロウェイ夫人」をモチーフとして、1923年、1951年、そして2001年の3つの異なる時代を生きる3人の女性の一日が交互に描かれる。根底に描かれる"死"というもの。それぞれの悩みを抱えながら生きる女性たちの姿に、生きることの意味を考えさせられ、生きることの辛さ、痛みを覚え、なんとも落ち着かない気持ちにさせられる。だけど、時代は違えど絶妙に絡み合う彼女たちの物語に引き込まれ(一見何の関係もないような彼女たちの人生がリンクするラストなど、この辺の構成が非常に上手い)、感動という類の感情ではないのだけど、後からジワジワくる秀作に仕上がっている。
 また、この3人の女性を演じる女優陣が皆素晴らしい。ニコール・キッドマン演じるバージニア・ウルフ。心を病み、作品を作り上げる上でのチリチリとするような葛藤、焦燥感が、その腺病質そうな表情と相俟って、手に取るように伝わってくる。ジュリアン・ムーア演じるローラ。優しい夫と子供に囲まれ、一見何の不満もないような生活を送っている彼女の心の中にポッカリと開いた大きな穴。どうしようもなく空虚な気持ち。悶々としてどうしようもなく深い心の闇。この生活から逃げ出したいのに逃げ出せない、その静かな感情の揺れの表現が絶妙だ。個人的にはこのローラを演じたジュリアン・ムーアを一番買う。そして、メリル・ストリープ演じるクラリッサ。エイズで余命幾ばくもない友人(この友人リチャードを演じるエド・ハリスの、今までの彼のイメージを覆す枯れた味わい、女優陣に負けない存在感を放っているのが流石だ)のため奔走し、その中で自身の人生を振り返る。一体誰のために、何のために生きてきたのか・・・?
 決して万人受けする作品ではないけれど、きっと今までの人生の中で多くの経験を積んだ人の心により色々なものを残してくれる作品ではなかろうか。

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六月の蛇

 「一緒に、地獄に行きましょう。」
 雨の降り続く青みがかった映像の中で、なんともエロティックで狂気にも似た三者の関係が繰り広げられる。ストーカー、道郎と彼に脅迫される電話カウンセラーとして働くセックレス夫婦の妻りん子とその夫。優しい夫と恵まれた生活、それなりに社会的に認知されている仕事を持ち、一見不満のない生活を送るりん子だけど、その心の中には癒されることのない焦燥感、感情の高ぶりみたいなものを抱えている。その感情が、道郎の脅迫をきっかけとして徐々に噴出していく。また、道郎も所謂世間一般で言うところの単なる"ストーカー"というのではなく、その心の内にある想いを抱えている(モチロン、あたしはトーカー行為そのものを肯定するものではない)。ここで描かれる、この作品でいうところの"愛"を受け入れることが出来るかどうかで、この作品に対する印象が大きく異なるのではなかろうか。
 え、あたしはどうかって?う〜ん、正直微妙(笑)。そりゃ興味深い作品であるのは間違いないけれど、これを"愛"として受け入れられるか自信がない。まだまだ勉強不足ですな(苦笑)。それにしても、この事件をきっかけとして一度は壊れかけたりん子の夫婦関係、あのラストで修復、再生されたのだろうか?なんかまだ危うさが感じられてならないんだけど…。

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ロスト・イン・ラ・マンチャ

 「喜劇か?悲劇か?」
 まず、あたしはテリー・ギリアム監督作品とは非常に相性が悪いということを最初にお断りしておく。各方面で評価の高い「未来世紀ブラジル」 では途中で寝てしまったし(汗)、「12モンキーズ」 はあれのどこが面白いのか未だにまったく理解できず、「ラスベガスをやっつけろ」 もジョニデ&デルトロ兄ィ目当てに観たけれど、一応その訳の分からないパワーみたいなものは感じられたものの、決してそれは肯定的なものではなく「だから何?」って感じだった。
 だから、今回ギリアム監督の完成に至らなかった作品のドキュメンタリーと聞いて、どうしようか散々迷ったのだけど、映画製作の舞台裏を覗けるという、いわば野次馬根性的な下世話な興味本位の気持ちと、もしかしたら、何故あたしがギリアム監督作品と相性が悪いのか、そのヒントが得られるかもしれないという気持ちで映画館に足を運んだ。
 結論。相性が悪い理由は分からん(汗)。こればっかりは個人の感性の問題だわな。で、それよりもやはり興味深いのが舞台裏。ひとつのシーンの撮影にとてつもない長時間をかけ、だけど天候やその他様々な理由で撮影が中止になったり延期になったり。オマケに出演者のスケジュールの問題や、ドン・キ・ホーテを演じるジャン・ロシュフォールの健康上の問題で撮影がストップせざるを得なかったり。そして莫大な費用のロス。なんとも生々しい舞台裏を目の当たりにして、ひとつの作品を作り上げるというのが想像以上に困難を極めるということがよく分かる。野次馬根性的な発想でいくと、かなり面白いのだけど(笑)。
 結局今回の映画制作は挫折したわけだけど、懲りないギリアム監督、まだまだあきらめていないと思われ、はたして日の目を見ることになるのか大いに興味がある。この作品の完成形であれば、相性が悪くとも観たいという気にさせられるかも。
 あと全然関係ないけど、ジョニデはやっぱりカッコいい(笑)。ギリアム監督との会話の中で、「映画のタイトルは・・・。「ショコラ」じゃないぞ。」ってとこが一番のツボでした(笑)。

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