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まとめてポン!2005年3月

エターナル・サンシャイン
サイドウェイ
ビヨンド the シー
Uボート 最後の決断
ロング・エンゲージメント














エターナル・サンシャイン

 

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サイドウェイ

 「カリフォルニア、ワインロード。人生が熟成していく贅沢な寄り道・・・」
 2004年度のアカデミー賞で脚色賞を受賞したこの作品、巷では"ワイン云々"という宣伝のされ方をしていることもあり、ワインの薀蓄映画か?ワイン通でなければ楽しめなかったりするのか?などと、要らぬ心配をして鑑賞に二の足を踏んでいる人もいるかもしれない。しかし、そんな心配はまったく無用で、ワインどころかアルコールをまったく飲らないあたしですら十二分に楽しめた、ほろ苦さとコミカルさとが同居する、大人のドラマに仕上がっていると思う。確かにワインをキャラクターたちの人生になぞらえて語られるシーンはあるものの、それはあくまでもストーリー進行上の"小道具"に過ぎないと思うし、ハッキリ言ってワインの薀蓄など、あたしは聴き飛ばしてました(爆)。
 物語は、離婚の痛手から未だに立ち直れない小説家"志望"の英語教師マイルスと、彼の親友で落ち目の俳優、そして結婚を一週間後に控えたジャックとが、ジャックの独身最後の旅行とばかりにカリフォルニアのワイナリーへの旅に出て、その旅の過程で自分を見つめ直すというもの。一言で言うと中年男ふたりのロードムービーという、非常にシンプルで地味な雰囲気もあるが、これがまた味わい深いんだな。この雰囲気は若者の旅では絶対に出せないと思うぞ。
 それにしてもポール・ジアマッティ演じるマイルスの情けないダメ男キャラは群を抜く。ルックスも今イチ、仕事も今イチ、オマケに旅の途中で立ち寄った実家の母親のヘソクリをくすねてみたり、小説家志望として出版社に原稿を持ち込むも、その夢は叶えられそうにない。それ故完全に自信を失い、当然そんな自分のことが大嫌いでウダウダし、元妻には未練たっぷり。でも、ことワインの話になると止まらないという、「なんかこういう奴っているかも。」と思わずにはいられない。そんな彼と対照的なジャックとの旅の中でもそういったモヤモヤした気持ちを抱えたままだから、ジャックのペースに巻き込まれ、思わず癇癪を起こして何かにつけいい加減で楽天的なジャックと衝突するのは必然。
 だけど、昔からの知り合いのマヤ(彼女を演じるヴァージニア・マドセンって、マイケル・マドセンの妹だったのね!知らなかった〜)と再会し、当然ワイン談義に花が咲くというのもあるのだけれど(レストランで、マイルス、ジャック、マヤ、そしてステファニーの4人が食事をしながらワイワイと語り合うシーンが大好き)、彼女と過ごす日々の中で自身を見つめ直し、振り返り、諸々のものと折り合いをつけ、少しは自信を取り戻せるかな〜と思ったら、そこにも紆余曲折が入り込んだりして、「人生って、やっぱりそう上手くはいかないんだよな〜。」と、マイルスが大事に取っておいたワインをファミレスかなんかで開けてしまってヤケ酒をあおるシーンになんともいえないほろ苦さを覚えたりして。だけど、そこは大人のふたりですから、マイルスがマヤに渡しておいた彼の小説に対する、彼女が留守電に残したメッセージに、なんだか温かいものを感じたりもする。そんなマイルスがひとつの決心をして迎えるラストシーンのあのカットは、ささやかな未来へと続く希望の光が感じられ、とても印象深いものとなっている。モチロン、エンディングに至るまでのストーリー展開、キャラクターの人物描写、感情表現などが優れていなければ、取ってつけたようなラストになってしまうわけで、そうした意味からも、確かに地味かもしれないけれど、全体的に落ち着いたトーンの中で繰り広げられる人間ドラマにジワジワと胸に染み込む味わい深さというものが存在しているが故のあのラストなんだろうな〜。あのようなエンディングを迎えるならば、タイトルどおり、真っ直ぐ走るばかりではない、こうした人生の"寄り道"も決してムダではないということか。
 ちなみに、"コミカルさ"という点では、ジャックがレストランのウェイトレスの家でお楽しみのところを彼女の旦那が帰宅して、全裸でモーテルに逃げ帰ってくる件や、彼に頼み込まれてウェイトレスの家にジャックの財布を取り戻すために侵入するマイルス、それを発見した旦那がこれまた全裸で追いかけてくるシーン、ジャックが結婚を一週間後に控えているということを隠してステファニーと付き合っていたことがバレて、彼女にボコボコにされたことを隠すために自動車事故を装って車を思い切りぶつけようとするシーンなどが印象的。それと、そのシーンでのサンドラ・オー演じるステファニーのキレ具合もサイコーだ。って、ここは笑うところではないのか?(笑)

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ビヨンド the シー

 「伝説のショーの幕が上がる。」
 あたしの敬愛するケヴィン・スペイシーが制作・監督・脚本・主演を務め、構想から完成に漕ぎ着けるまでに10年の歳月を要したというこの作品。リューマチ熱の影響で心臓を患い、15歳までしか生きられないと診断されたものの、音楽との出会いによって道が開け、若くしてアメリカのショービジネスの世界で成功し、トップスターの座にのぼりつめたものの、37歳という若さで早世した"伝説のエンターテイナー"といわれるボビー・ダーリンの短い駆け足のような人生を、ケヴィン・スペイシーが渾身の演技と見事な歌と踊りで魅了してくれる。まさにケヴィン・スペイシーの独壇場、いい意味での"俺様映画"だ(笑)。
 まず、あたしはボビー・ダーリンについてはまったくといっていいほど知らない。もしかしたら彼の歌う楽曲を何かの折に耳にしたことはあるのかもしれない。だけど、仮にそうだとしても、積極的に云々という類のものではないだろう。だから、ボビーに対する思い入れといったものはまったくないし、ここに描かれている彼の人生が、多少の脚色も交えて描かれていたとしても(この辺は、自身の伝記映画を撮影するボビーと、少年時代のボビーとして登場する少年が上手い具合に釈明しているといってもいい)、特段それをあげつらってどうこう言うつもりもない。また、ボビー自身の顔も知らなかったので、ケヴィン演じるボビーが本人と似てるのかどうか、ということについても何も語ることはできないし、語るつもりも毛頭ない(もっとも、あの自虐的(笑)ともいえなくはない"ヅラネタ"は、ボビー自身も"ヅラ"だったのかな〜などと、思わずにはいられないんですけど(笑)あそこになんともいえない哀愁が漂ってたりして(笑))。
 この作品において最も重要なポイントは、完成までに10年という歳月を要したケヴィン・スペイシー自身の、ボビー・ダーリンに対する思い入れをこちら側が汲み取ることができるかどうか、ということと、何年もトレーニングを積んで、吹き替えなしで歌をこなしたというケヴィンの歌唱、この2点に絞られるといっても過言ではないだろう。
 そういう意味では、まさに完璧な作品。ここにはケヴィン・スペイシーという一流の俳優の、一流のエンターテイナー、ボビー・ダーリンに対する愛情とリスペクトが満ち溢れているし、ケヴィン自身の歌唱も、これまたお見事!としか言いようがないほど堂に入っている。劇中で歌われるボビー・ダーリンの数々のナンバーに、こちらもスイングしてしまうほどの説得力がある。オマケに、ケヴィンのダンスも観られて言うことなし。彼の歌とダンスを堪能するだけでも観る価値は十分にある作品だ。ケヴィン自身も一級のエンターテイナーだと思うよ。あたし自身も音楽との出会いによってかなり救われた部分があるので、やっぱり音楽の持つ効用というのは多大なものがあると、ここでも実感。
 モチロン、ドラマ部分にしても、少年時代のボビーと今のボビーが対話しながら進行していく部分などはファンタジックな感もするが、エンターテイナーとしての成功の階段を駆け上がっていき、この世の春を満喫する光の側面と、やがて時代遅れになり、いつしか人々から忘れ去られた存在になり、身も心もボロボロになる影の部分。だけど、そんな彼を支えてくれた元妻サンドラの「観客は見た目で聴く。」の言葉に一念発起して蝋燭の最後の灯火を燃やそうとばかりにエンターテインメントのステージにカムバックするその姿のコントラストが絶妙だし、彼の出生にまつわる秘密が明らかになりショックを受けるも、最後にはそれを受け容れてステージから語るその姿に胸が熱くなったのもまた事実だ。
 こうやって、長い歳月をかけた努力の結晶として、自分の大好きなアーティストについての作品を思い入れたっぷりに撮ることができたケヴィン・スペイシーは幸せだと思うし、そんな彼の心意気にも拍手。
 追記 ボビー・ダーリンの元妻サンドラ・ディーが、この作品が日本で公開される直前に腎臓病による合併症で亡くなっていたということを鑑賞後に知りました。享年62歳。心より彼女のご冥福をお祈りします。

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Uボート 最後の決断

 「愛国心か、生還か―」
 先週鑑賞した「セルラー」 に引き続いての"メイシー祭り"ではありませんが(笑)、ウィリアム・H・メイシーが主役を張っているこの作品、「セルラー」 での彼の活躍ぶりにほだされたという側面もあり(笑)、しかもこちらも3週間の期間限定公開という、なにやら似たようなシチュエーション。巷では"潜水艦映画にハズレなし"という格言もあるらしく、それならばと、公開終了間近に駆け込みで行ってきました。
 時は第二次世界大戦最中の大西洋。ドイツ軍と連合軍との戦闘が激化している中、アメリカ軍の潜水艦ソードフィッシュが、ドイツ軍の潜水艦Uボートとの激闘の末、艦に魚雷が命中、生き残ったアメリカ軍の兵士たちはそのまま捕らえられ、ドイツ軍の捕虜としてUボートに。当然お互いへの憎しみを前面に出して対立する両軍。しかし、Uボート自体も戦闘による損傷で、長い航海はできない(すなわち、ドイツへ戻ることはできない)、さらにはアメリカ軍が持ち込んだ伝染病が艦内に蔓延し、ドイツ軍も兵士の2/3を失うことに。そんな極限下、生き延びるためにUボート艦長ヨナスの下したひとつの決断により、今までの米独呉越同舟状態から、お互いに協力し合ってこの窮地を脱出しようと奮闘する様、そしてそこから生まれる連帯感、友情にも似た相互理解という男たちのヒューマンドラマを、愛国心、家族への想いといった感情も交えながら緊張感溢れる語り口で描く秀作だ。彼らのひとつになった想いによって導かれるラストは、本当の戦時下ではきっとありえないだろうと思われるものの、それでもこの極限状態を乗り切った男たちの有り様に、そんな野暮なツッコミは無用と思わずにはいられない、これまた拾いモノの1本だ。結局戦争って、人間同士の憎しみ合いというよりも、間に国家というものが横たわっているからこそ起こるのかもしれないなどと思ってしまった。
 また、この作品では、必ずや生きて祖国に戻るという家族への想いを秘めながら、刻々と変わる状況に冷静に対処していくソードフィッシュのチーフ(艦長でも副艦長でもない"第三の男")ネイトや、Uボートの艦長ヨナスの意を受けて、部下たちをなだめに回る副艦長クレマー(当初はヨナスの指示に心の内では疑問を感じつつも、ヨナス亡き後次第に変わっていく様子がいい。Uボートを脱出するときの「ここでは私が上位階級なんだから、君から先に出たまえ。」というセリフに痺れた)、といった、"トップ"ではない男たちの姿がふんだんに描かれるとともに、戦禍で娘を失う哀しみを胸の内に抱えたUボートの艦長ヨナスの最後の決断を下すに当たっての彼の心情も意気に感じるものがあり、登場人物の人間描写が非常に上手くできている、そんな印象を受ける。
 それしても、ネイトを演じたウィリアム・H・メイシーの、このカッコよさはどうだ。極限状態の中、自分を見失うことなく冷静に、的確な指示を出すベテランのクールさ。「セルラー」 に続き、完全に今までの彼のイメージを覆すかのような静かなる熱演。今年の主演男優候補に躍り出た感じだ。それと、Uボート艦長ヨナスを演じるティル・シュヴァイガー。そういや「ノッキン・オン・ヘヴンズ・ドア」「レボルーション6」 に出てた彼だったんだということを後から知ったのだけど、部下からは"裏切り者"呼ばわりされながらも、実は一番現実的な手法で生き延びようとする、ナチスドイツでは間違いなく道に外れた生き方なのかもしれないけれど、娘を失った哀しみがその基になっているのだろうけど、人を殺すよりも生かすことの強さを知り、部下のことを思うその気持ちは間違いなくクールだ。
 低予算ながらも緊張感溢れる展開と、優れた人間描写とドラマ。「セルラー」 同様、こういった作品が3週間の期間限定公開だなんてなんとも勿体無い!

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ロング・エンゲージメント


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