イン・アメリカ/三つの小さな願いごと
「忘れられない傷も、やがて家族の大切な思い出になる」
アイルランドからニューヨーク夢を求めて旅してきた幼いクリスティとアリエルは、売れない俳優の父ジョニーと母サラと共にハーレムのボロボロのアパートで新生活を始める。貧しくて苦しい暮らしでも、姉妹にとってそこは魔法のように楽しいことに満ちていた。しかし、父と母は息子フランキーの死という悲劇を忘れられずに苦しんでいた。そんな悲しみの中で、アパートの部屋に閉じこもる画家マテオとの出会いが、一家に思いがけない奇跡と再生をもたらす・・・。
今年(2003年)の東京国際映画祭特別招待作品として一足先に観ることができたこの作品、ジム・シェリダン監督の半自伝的作品ということだ。ニューヨークで暮らすアイルランド移民の家族が再生していく過程を、長女クリスティの視点から描く、ジワジワとくる余韻がたまらない、温かく、そして優しい気持ちになれる素晴らしい作品だ。
貧困、差別などの問題も織り込みはするが、それらは物語の根幹を成すものではなく、それ以上に新しい地でどんな些細なことも楽しみに変えて生き生きと生活するクリスティとアリエルの姿(とはいえ、クリスティも実は心に傷を抱えているということが後半の彼女の叫びで明らかになるのだが)、彼女たちとは逆に表面上は楽しく生活する風を装いながらも、内面では息子フランキーの死を忘れられず、喪失感を抱えたまま、その呪縛から解放されずに苦しみ続けるジョニーとサラの姿、外部とは接触を断ち、引き篭もりの画家マテオ(彼も秘密を抱えている)が姉妹と出会うことで徐々に変わっていく姿、それと同時にもジョニーとサラもマテオと交流することで変わっていく姿などの人物描写や、ニューヨークの夏の暑さ(クーラーのくだりはなんとも可笑しい)や厳しい冬(全体的な雪の場面がなんともいい)などの移ろい行く季節の描写などが非常に丁寧で、非常に好感が持てる。
個人的な話で恐縮だが、あたしの姪も5歳のときに悪性の脳腫瘍を患い、一時は危ない状態だった。幸いにも一命を取り留め、今では元気に暮らしているけど、小さくして亡くなったフランキーの死因が脳腫瘍(実際にはジム・シェリダン監督の実弟フランキーが脳腫瘍で亡くなったとのこと)であるという点に、姪のことを思い出して、あたしの姉夫婦ももしかしたら同じような気持ちを味わう可能性があったのではないかと思うと、実際に息子を亡くしたジョニーとサラの悲しみ、苦しみに思いを馳せ、なんとも言えない気持ちになった。
物語は家族の日常から新しい命の誕生(ここでもサラだけでなく、新しい命が危機に晒される)、マテオの秘密、ときて、家族の再生に向かうとなるわけだが、人間の死が絡んでくるだけに、ともすると大仰で、妙にドラマチックな描き方をして泣かせにかかるという展開になりかねないのだが、この作品はそういうあざとい描き方をせず、どちらかというと淡々、だけど描写がしっかりしているので自然と心に染み込んでくるという、脚本の上手さが絶妙なんだ。ま、サラの入院費用の支払いのくだりについては、出来過ぎという気もするけれど、マテオとの出会いは御伽噺的な雰囲気もあり、そういった意味からさほど気にならなかった。
また、邦題に掲げられている"三つの小さな願いごと"、これは「願いごとには願っていいことといけないことがある。そして、願えるのは三つだけ。」というフランキーの言葉のとおり、クリスティが願うこと。ひとつ目は作品冒頭の入国審査のときに入国目的など上手く答えられなくて言葉に詰まるジョニーの窮地を救ってとお願いする。ふたつ目は縁日の的入れゲームでムキになって有り金叩いて熱くなるジョニーのために力を貸してとお願いする。とてもささやかな願いごと。だけど、出会いと別れを経た上で語られるラストの三つ目の願いごとには、ようやくフランキーの死から解放され、未来へ進もうという彼女の意志を言い表したもの。それと同時に、その願いに込められたあまりにも切ない想い。そんな彼女の気持ちに気付いた「フランキーが死んでから、涙は流さないことに決めていた。」はずのジョニーの目から零れ落ちる涙。間違いなくこの瞬間、ジョニーの魂もフランキーの死という呪縛から間違いなく解放されたのだと確信し、涙が止まらなかった。そして、「ビデオカメラはもういらない。」というクリスティの言葉に、何故彼女が今までビデオカメラを手放さなかったのか、そこに込められた彼女の気持ちを思うとまた涙。
それから、根っからの悪人が出てこないというキャラクター設定、ジョニーを演じるパディ・コンシダインとサラを演じるサマンサ・モートンの喪失感を抱えた演技もさることながら、それ以上に素晴らしかったのがクリスティとアリエルを演じたサラ・ボルジャーとエマ・ボルジャーの子役ふたり。実の姉妹だけあって息もピッタリで、彼女たちの演技がなかったら、ここまでの作品になったかどうか。モチロン、子供を使って泣かせようなんていうズルさは微塵も感じられず、ただただその卓越した演技力に驚嘆するばかり。この点にも要注目かと。未だに予告編を観ただけで涙腺を刺激され、ウルウルきてしまうだけに、一般公開されたらもう一度観て、そして大泣きしたい(笑)。