「男には決断すべき時がある。心に秘める愛がある。」
18歳のふたりの青年は、皮肉にもそれぞれ同時期に、警察とマフィアに身分を隠して潜入することを命じられる。そして、10年後。覚醒剤勢力の一斉検挙を目論んでいた警察は、マフィアに潜入するヤンから大きな麻薬取引が行われるとの情報を得る。緊張感みなぎる中、水面下での捜査が展開されるが、警察に潜入するラウからもその機密情報がマフィアに流れ、検挙も取引も失敗に終わった。双方に内通者の存在が明らかになり、裏切り者探しに乗り出す警察とマフィア。そして、ついにふたりが対決するときがやってきた・・・。
香港映画は今までほとんど観ていないので偉そうなことは言えないのだが、それでも「男たちの挽歌」 以来の興奮とカタルシスを与えてくれた非常に痺れるクールでカッコいい男のドラマ、見事な傑作フィルム・ノワールといっていい作品だろう。
まずは物語の設定が秀逸。潜入捜査官を扱った作品としては、これも傑作「フェイク」 や最近では骨太な男のドラマに仕上がっていた「NARC」 などが真っ先に思い浮かぶが、この作品は、潜入捜査官としてマフィアに入り込んだ男と、マフィアの内通者として警察に入り込んだ男の、いわば二重のスパイというプロット。これが非常に目新しいし、物語全体の緊迫感を高める効果をもたらしている。
それと、潜入捜査官ヤンを演じるトニー・レオンと警察に潜入するラウを演じるアンディ・ラウ、このふたりの対照的なキャスティングの妙。まずはヤン。マフィアの組織に潜り込むために警察学校を退学の扱いになり、それから10年。組織のボス、サム(彼を演じたエリック・ツァンって、「星願 あなたにもういちど」 でジャンボを演じた彼だよね。ここでもいい味を出しているんだわ)に重用されるようになったけど、それでもその正体がバレれば待っているのは間違いなく"死"であることには変わらない。その日々の緊張感に加えて表向きの顔であるマフィアの人間としての自分と、もうひとつの顔である警察官としての自分という、精神的な葛藤は相当なものであるだろう。その重圧がジワジワと彼の精神を蝕む。そんな不安定なヤンをトニー・レオンが繊細に演じている(なんとなく、このやさぐれ感、村上淳を思い起こしたのだけど)。彼が潜入捜査官であることを唯一知るウォン警視がマフィアの手にかかって命を落としたとき、完全にその後ろ盾を失い、もう戻る場所がなくなったかのような喪失感、絶望感に胸が締め付けられ思わず涙。
一方のラウ。ヤンのようにその感情を表に出すことなく、クールに決め、警察内部でも内部調査課の課長にまで上りつめるエリート。だけど、感情が表に出ない分だけ、彼の心の中に巣食う闇、哀しさがかえってクローズアップされるような気がする。ラスト近くでの恋人に宛てた携帯電話の「俺は善人の道を選ぶ。」という留守電メッセージに、彼の本心が隠されていたのではないか?そんな気がする(あのとき、ラウはきっと"死"を覚悟したのだろう)。
そして、このふたりを軸にして展開する息もつかせぬ緊張感溢れる脚本の妙。最初から最後までハラハラドキドキでスクリーンから目が離せない。麻薬取引の際の場面でのお互いにそれぞれのボスに情報を流し合う場面など、デジタルの象徴である携帯電話とアナログといってもいいであろうモールス信号を使っての情報戦(後のモール信号を使っての携帯電話での会話や、ヤンの潜入捜査官としてのファイルを開くためのパスワードにも、これらが小道具として見事に使われていることも特筆したい)。一体どうなるんだろう?と心拍数が高まる。その他、警察学校やオーディオ・ショップで意識せずに何度か交差しているふたりが、今度はこいつが内通者だと意識して交差する寸前までいきながらひょんなことで交差しないという見せ方の上手さとか、ラストのビルの屋上でのシーンからエレベーターに乗るシーンで明かされるもうひとつの真相や、サムのカセットテープを玩ぶシーンやヤンが封筒に書いた文字などにもしっかりとした伏線が張られていたりと、とにかく上手い。
また、オープニングのクレジットで示されるこの作品のオリジナル・タイトルともなっている仏教用語の「無間道」。生きながら責め苦の炎に身を焼かれ、進むも地獄、戻るも地獄という無間地獄。非常にアジア的なこの観念、まさにヤンとラウが辿る運命を象徴している。そのふたりが辿る運命の切なさと哀しさと痛みが痛烈に胸に突き刺さるラストにまたしても涙。"彼"は生涯この重みを背負い、無間道を歩み続けるのか・・・。ちなみに、エンディング・テーマもこの「無間道」をテーマにしたもの。だから、エンディング・テーマもこの作品の一部になっている。それ故、決して途中で席を立つことなく、最後まで耳を傾け、そして余韻に浸ってもらいたい。
インファナル・アフェアU 無間序曲
「悲しいから憎むのか 憎むから悲しいのか」
第1章「インファナル・アフェア」 が、それこそ香港ノワールの最高峰とも言うべき素晴らしい作品に仕上がっていただけに、その作品の撮影中に構想を思いついたというこの第2章、そして来年GW公開の最終章への期待が膨らんでいた。そして、いよいよ満を持して公開されたこの第2章、第1章同様の緊張感溢れる"男たちのドラマ"が思い切り繰り広げられている。
物語は第1章から遡ること11年前、1991年の香港。警察組織の中ではまだ警部のウォンと、マフィアの世界ではまだ新参者のサムのふたりを軸として展開していく。当時は言わば持ちつ持たれつの友好関係を築いていたふたり、ところが、マフィアの大ボスが暗殺されたことをきっかけとして、ふたりの関係が急展開していく。さらには、若き日のヤンとラウを交え、すべてが第1章へと繋がっていく構成が素晴らしい。
マフィアの大ボスを暗殺し、マフィアから警察に送り込まれるラウ、彼の心の中に去来するサムの妻、マリーへの叶わぬ想い、その想いが決して叶わぬと確信したときのラウの、若さ故と一言では片付けられないあまりにも哀しい行動、明らかになるヤンの血筋、潜入捜査官として生きることになったヤンの葛藤(第1章ではラウが口にした「善人でありたい。」と言う言葉をヤンが口にする、その対比が切ない)、ラウが大ボスを暗殺したことでヤンの血筋が明らかになり、潜入捜査官としてしか警察官として生きる道がなくなってしまった運命の皮肉。この時点で、ふたりはもう運命の波に絡め取られていたのか。これを宿命と言わずして何と言おうか・・・。
また、マフィアの大ボスの暗殺の裏に隠された、そのからくり、目的のためなら手段を選ばないウォンがマリーを動かし、さらにはマリーがラウを動かすという、そこからすべてが始まり、運命の歯車が回り始める皮肉、その事実が明るみに出て、挙句の果てには後ろ盾のルクを失い、マフィアを徹底的に潰す他、もう後には引くことが出来なくなったウォン(この後ろ盾を失うシーンは、どうしても第1章の、ヤンがウォンを失うシーンとリンクしてしまう)、その一方で、2代目に収まったハウとの抗争で、ハウの家族をタイ人の手に落とし、すべてが片付いた後にそこまではするつもりはなかったのに、「やるなら徹底的に。」と言うタイ人によってハウの家族にまで手をかけてしまったサムの、ここまで来てしまったからには、もう絶対に後へは戻れない、非情に徹し、マフィアのボスとして、徹底的にこの世界を牛耳るしかないと決意するその心情、ひとつの事件を切っ掛けとして、お互いの、もう今までの友好関係は保てない、共に後ろへは引き返せない、モチロン、進んだところで待っているのは過酷な道、これからは、敵対し、徹底的にやるしかない。このふたりの男たちの生き様が、哀しく、そして痛みを伴って胸に突き刺さる。まさに、第1章でヤンとラウが辿るのと同じく、"進むも地獄、戻るも地獄"の無間地獄、無間道に入り込んでしまったふたり。ラストで、オフィスの潰す対象として掲げたマフィアのボスの顔写真を、サムのものに差し替えるウォンの胸に去来した想いはいかほどのものだったのだろうか・・・。
この、主要な4人のキャラクターの他に、今回はマフィアの2代目、ハウの、ギラリと光る存在感がストーリーに重みを加えている。なんとも"普通"な表情の裏に隠された野心の塊、父親から受け継いだマフィアのボスの地位を強固なものにするためには手段を選ばない非情さ(とはいえ、ハウを演じたフランシス・ンって、どうしてもうちの英会話学校の前の担任に似ているもんだから、妙な笑いがこみ上げてきたというのも事実なんだけどね(笑))。そんな彼でも、血の繋がり、異母兄弟であるヤンのことは信じていた、そんな彼の最期に、ヤンが潜入捜査官であることを知ってしまたとき、そして、そのヤンの胸の中で息絶えるときのハウの気持ちを思うと、これまた哀しい(実は、すべてのシーンの中で、このシーンが一番切なかった)。それと同時に、この時点で潜入捜査官としての役割を終えることだって可能だったかもしれないヤンが、引き続き潜入捜査官として留まったのは、このときのことも理由のひとつになっているのではないか、そう思ってしまう。そこにある、"血の呪縛"、それともこれはあまりにもセンチメンタルに過ぎるだろうか・・・。
いずれにしても、第1章以前の過去の真実、そこに秘められた男たちの壮絶なドラマ、大仰な感情表現の描写ではないが、それでも彼らの気持ちが痛いほどに伝わってくる。その集大成としての、来年GW公開の最終章が、今から待ち遠しい。そこには、どんな"男たちのドラマ"が描かれているのだろう・・・。