パイラン

 「私が死んだら、会いに来てくれますか」
 40過ぎて独りふらふらと暮らすカンジェは、ある日突然「奥さんが亡くなった。」と知らされる。かつて小金欲しさに中国人女性と偽装結婚したことを思い出す。女の名は"白蘭(パイラン)"。一度も会うことのなかった"妻"の遺体を引き取りに、カンジェはパイランが暮らしていた町を訪れる。部屋に小さな"夫"の写真を飾り、病と闘いながら必死に働いて言葉を覚えていったパイランの最後の手紙。そこにはカンジェへの純な気持ちが切々と綴られていた・・・。
 浅田次郎の「ラブレター」 (これまた泣かせる秀作)を原作として、舞台を韓国に移して描かれる、原作の良さをまったく損なうことなく、さらに良質の泣かせるドラマに仕上げた傑作だ。
 兎にも角にもカンジェを演じたチェ・ミンシクが文句なしに素晴らしい。ここで描かれるカンジェという男は、ホントにどうしようもない甲斐性なしのダメ男。強い者にはヘコヘコし、弱い者には強気に出る。オマケに何をやっても中途半端で組の後輩にすら馬鹿にされている。ビデオ・ショップの店長を任されていたものの、ちょっとした"お勤め"から出てきた途端にその仕事すら後輩に奪われる始末。身も心も完全に荒みきっている。そんなカンジェの元に飛び込んできた身に覚えのない"妻"の死の報。縄張り争いの果てに相手を殺めてしまった兄貴分の身代わりに自首する前の気分転換にと、パイランの暮らしていた町を訪れ、慎ましい彼女の生活に触れ、彼女の遺した想いのこもった手紙を読むにつれ、カンジェの荒みきった心が、渇いた大地に水が染み込むように潤いを取り戻し、再生していく様が絶妙だし、だけどもう取り戻すことのできない時間の流れが痛くも悲しく、ラスト近くの、カンジェが港でパイランからの手紙を読むシーンで堰を切ったように涙が止め処なく溢れてきた。まさに号泣。映画を観てこれほど溢れるほどの涙を流したのはいつ以来だろう?それだけあたしの心は完全にカンジェと同化していた。ここまで観客に共感させてしまうチェ・ミンシク、まさにハマリ役。下手な役者がカンジェを演じていたら、きっと後半部分へ至る心の移ろいにわざとらしさを感じていただろう。「そんな短時間で人間の心なんて変わりゃしね〜よ!」って。だけど、彼の場合はそんなことを感じる間もなくごくごく自然。それだけにス〜っと入り込むことが出来た。
 このことをきっかけとして、この世界から足を洗おうとするカンジェ。だけど、そんなに甘くはないのがヤクザの世界(って、経験したことないけど)。やはりラストは予想通りああいうけじめのつけ方をするしかないのかと思うと、心抉られる思いがする。痛々しくまた涙。そして、ラストシーンの海辺でのパイランの姿を映すビデオテープにまた涙・・・。
 また、パイランを演じるセシリア・チャン、「星願」 同様、相変わらずあたしのタイプではないものの(笑)、言葉も分からない異国の地で苦難に耐えながらも一途にカンジェのことを想うその気持ち、抑えた演技の中でしっかりと表現していたのが好印象。彼が気まぐれでくれた赤いスカーフを後生大事に身に付け、それが映像的にも非常に効果的だった(あたし的には"真っ赤なスカーフ"といえば、「宇宙戦艦ヤマト」 のささきいさおが歌うエンディング・テーマだったりするわけだけど(笑))。それと、原作にはないシーンだけど、パイランがほんのひと目とはいえ、カンジェに会うことが出来たというのがなんか嬉しい。
 ところで、ここ日本でも中井貴一主演で「ラブレター」 が映画化されているわけだけど、果たしてこれってどうなのかな?これほどの傑作を観てしまった手前、なんか観るのが怖い・・・(汗)。

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