ゴスフォード・パーク
「お茶は4時、ディナーは8時。真夜中には殺人を・・・」
1932年11月、イギリス――伝統と格式という過去の遺産に寄りかかった"ゴスフォード・パーク"という名の老木には多くの欄熟した果実がなっていた。彼らの共通点はイギリス貴族であるということ。そしてキジ撃ちと、豪華な食事と、他愛のないおしゃべりや他人のゴシップを楽しみにしていること。その実は"木の下"の者たちにとって決して手の届かないもの。ところがその老木が下から揺さぶられた時、熟しきったひとつの実が地面に落ち、静かなさわめきが起こる・・・。
2002年アカデミー賞の脚本賞を受賞したロバート・アルトマン監督の新作は、彼の真骨頂とも言うべき優れた群像劇だ。階級制度がハッキリしているイギリスのカントリー・ハウス"ゴスフォード・パーク"を舞台に、貴族たち、その従者、メイドたち(貴族と従者・メイドは階上と階下にしっかりと分けられている。しかも従者・メイドは混乱を避けるため、その"主人の名前"で呼ばれたりして)が入り乱れる。その様子は、ときには皮肉たっぷりに、ときには可笑しく、そしてときには哀しい。群像劇というのはともするとゴチャゴチャして頭の中が訳分かんない状態になる嫌いがあるので、苦手な人は全然ダメだろうけど、この作品についてはそれぞれの登場人物がよく描かれているので、あたしにとっては問題なしだった。また、誰が主役ということではなく、それぞれの登場人物がみな主役(それにしても、すごいキャスティングだ)。あくまでも人物を描くということがこの作品の主題。だから、劇中で起こる殺人事件はあくまでもこの作品のスパイスのひとつに過ぎず、誰が犯人かすぐ分かってしまっても何の問題もないわけ(あえて言うなら、このサスペンス的要素は、"フー・ダニット"ではなく、"ホワイ・ダニット"的な描かれ方。この"ホワイ"の部分は何とも哀しい)。
とはいえ、この作品世界の中に入り込めるかどうかで評価は異なってくるかも知れない。同じ群像劇ということで言えば、「クレイドル・ウィル・ロック」 が豪華キャストではあるものの、些か散漫な描き方であったために、あたしがストーリーの中に入り込めなかったように。