記憶のはばたき

 「今、奇跡が閉ざされた過去の扉を優しく開く」
 精神分析医サム・フランクス。彼は、少年時代に幼なじみシルヴィの事故によって彼女を失ってしまったというあまりにも深い絶望と喪失感をきっかけにして、シルヴィと過ごした記憶とともに自分の感情をも封印してしまう。父の死により、20年ぶりに故郷へ戻ったサムは、ある日川で溺れた女性を助ける。記憶を失っていたというルビーという名の女性は、シルヴィを思い出させる不思議な言動を繰り返す。そして、そのことがサムの胸に、心の奥深くに閉じ込めていたシルヴィとの思い出を甦らせるのだが・・・。
 マイケル・ペトローニ監督の手になるこの作品の脚本は、ハリウッドで大絶賛され、数多くの映画化のオファーを受けたものの、それを断って、故郷のオーストラリアを舞台にして自ら映画化したものだそうだ。
 確かに随所に表れるオーストラリアの風景がかなり印象的。また、少年時代のサムとシルヴィのエピソードが語られる前半部分もサムとシルヴィを演じる若手俳優(リンドレイ・ジョイナー&ブルック・ハーマン)の瑞々しい演技も相俟って、なかなかの雰囲気を醸し出している。一方、サムが父の葬儀のために故郷へ戻ってからの後半部の展開は、このシルヴィを思い起こさせるルビーは何者?という疑問とともに、ミステリアスで幻想的な雰囲気。ここに作品中の小道具として用いられる"言葉あそび"やエリオットの詩集が上手く挿入される。
 ただ、この作品のテーマは、少年時代の心の傷(またまた"喪失の痛み、悲しみ"だ〜)がトラウマとなり、自責の念に駆られて心を閉ざしてしまったサムの心が、ルビーとの出会いによって過去の呪縛から解放されるということになると思うんだけど(はっきりとは描かれないが、ルビーの正体はラストで示される。20年ぶりに故郷へ戻ったことがルビーを呼び寄せたのか!?)、肝心のガイ・ピアースの演技が抑制が効きすぎているのか単調なのか、どうもサムの心が解放されるということが上手く伝わってこないような、そんな気がする。最後まで飽きさせずに引っ張っていく脚本の狙いは決して悪くはないのだが、最後の最後でその狙いが外れてしまったのが残念だ。

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