ニューオリンズ・トライアル
「この審判は―プライドの殴り合い。」
ここ日本でも、裁判員制度なるものの導入が検討されており、先日も与党案、政府案の骨子が示されたところ。そんなところにこの作品の公開ということで、非常にタイムリーなテーマだ。しかも、ジョン・グリシャムの原作と異なり(原作はタバコらしい)、この作品における訴訟の内容は、銃器メーカーに対する製造者責任及び販売責任を問うもの。いかにも銃社会、訴訟社会であるアメリカらしい。
もっとも、この作品においては「ボウリング・フォー・コロンバイン」 のように、銃規制の是非とか、そういった社会的テーマ、メッセージが語られるわけではなく、あくまでも"陪審"、"評決"をメインにしたリーガル・サスペンス。正直大きな期待をしていたわけではないのだが、ところがどっこい、陪審、評決を巡る虚々実々の駆け引きが非常にスリリングで、あの名作「評決」 以来の興奮を味わえる、最後までグイグイ引っ張っていってくれるエンターテインメント作品として文句なしに楽しめた。思わぬ拾いモノをした気分だ。
物語は、銃乱射事件による犠牲者の遺族が、犯行に使われた銃の製造と販売責任をめぐり銃器メーカーに対して起こした訴訟と、メーカー側が雇ったやり手の陪審コンサルタントによる陪審員に対する裏工作、その一方である目的を持って陪審員に潜り込んだひとりの陪審員の暗躍、原告、被告双方に対して「陪審員、売ります。」メモを送りつける女性、そして今までこういったケースでの勝訴の前例はないだけに苦戦する原告弁護人の苦闘が、息もつかせぬ展開の中でテンポよく描かれていくというのが非常に上手い。
それにしても、まず驚いたのが陪審員を選任する仕組みと"陪審コンサルタント"なる職業の存在。陪審員の選任においては、原告、被告双方の合意がないと、陪審員には選任されない。そこには、原告、被告双方の、公平な判断を下す人間かどうかということはモチロン、自分たちの側に有利な評決をする人間かどうかを見分ける目利きが必要とされる。そして、陪審コンサルタントによる、無作為に選ばれた陪審員候補のバックグラウンドを綿密に調べ上げ、陪審員に選ばれた人間に対する遠まわしな脅迫、盗聴、偽装などの熾烈を極める裏工作。まさか、公正を旨とするはずの裁判、陪審員制度の陰で、こんなことが行われようとは!法廷の中というよりも、法廷の外で評決が決まってしまうかのような形骸化しかねない裁判制度に対する恐怖。我が国において現行示されている裁判員制度の案では、その対象となる裁判が重大な刑事事件(しかも一審のみ。評議は裁判官と裁判員の合議制)に限られているために、こうした民事訴訟での問題というのは起こり得ないとは思うものの、どうやら将来的に民事訴訟への拡大も検討課題となっているようなので、同じような"ビジネス"が日本で発生しないとも限らない。そのとき、裁判員を務める日本人は、自己の信念、良心に基づいて行動できるのだろうか?
また、演じる側に目を向けると、ジーン・ハックマンが演じるやり手の陪審コンサルタント、ヒッチの、こうしたことまでもビジネスとしてしまう、裁判を単なるゲームとしか考えない冷酷さ。そこには良心の欠片すら見当たらない。その一方で、ダスティン・ホフマンが演じる原告側弁護人ローアの、苦戦する中での良心とプライド。法廷の中では当然交わらないふたりが、トイレで一度だけ交わるそのシーン。一流のベテラン俳優の、静かながらも火花散るようなぶつかり合い。時間にすれば短いシーンではあるが、ここに原告側、被告側双方のプライドが見て取れるというのは穿ち過ぎか。ローアがフィッチに最後に向ける、「たとえ今回勝ったとしても、君は最後には負けるんだよ。何故だか分かるか?」という言葉が非常に印象深い。
そして、彼らの中に割って入るジョン・キューザック演じるニックとレイチェル・ワイズ演じるマーリー。彼らの存在と、彼らの素性は、彼らの真の目的は何なのか?、そしてそれらが徐々に明らかになっていくミステリー・タッチの部分がいいアクセントになって、単なる法廷モノとは一線を画した仕上がりになっていると言っていいだろう。まあ、確かに銃器関連の訴訟ということで、恐らくああいう部分に関係しているだろうとは思ったが、(ネタバレ)→マーリーは以前別の町のハイスクールで起きた銃乱射事件の犠牲者の姉妹であり、マーリーの恋人であるニックは銃乱射事件のその場に一緒に居合わせたものの、恐怖で何もできずに(当然だ)ずっと罪の意識を背負ってきた。しかも、町が銃器メーカーに対して起こした訴訟の際にメーカー側の陪審コンサルタントを務めたのがフィンチであり、町はあっさり敗訴。この訴訟には今後自分たちと同じような悲劇を味わわせないようにという想いと、ある意味彼らのフィンチに対する復讐の気持ちも込められていたということか。←(ここまで)すべてが明らかになった後のエンディングには、なんとも溜飲が下がる思いだ。