人生は、時々晴れ

 「見つめ合えれば、明日はきっと、幸せ」
 タクシーの運転手フィルは、スーパーで働くベニー、老人ホームで清掃員として働く娘レイチェル、そして仕事もしないで毎日ぶらぶらしている息子ローリーの4人家族だが最近会話らしい会話がない。フィルの同僚ロンやベニーの同僚モーリンもそれぞれ家族の問題を抱えている。そんなある日、フィルが乗せた女性客と会話を交わすうちに突然海を見に行こうと思い立つ。だが、その頃自宅ではローリーが心臓発作で倒れ、フィルの姿を探し求める家族の姿が・・・。
 イギリスの低所得者層の公団に住む複数の家族たちの日常、決してドラマティックでもなんでもない日々。だけど、そんな毎日に疲れ、ウンザリし、鬱積する気持ち。フィルは家族に対する疎外感を感じ(家族で食事をとるシーンの言葉に出来ない物悲しさよ)、モーリンは未婚の娘の妊娠に頭を抱え、ロンはアル中の妻を抱える。作品全体をなんともドヨ〜ンとした澱んだ空気が覆う。いわば出口の見えない袋小路に迷い込んでしまったかのような毎日。ちょっとした歯車の狂いですべてが崩壊してしまいそうな、そんな危うさ。ややヘヴィ。だけど、日々の生活の中で誰もが心の中に抱いていそうなそんな焦燥感、明日への不安、生きていくことの辛さがリアリティをもってゆっくりと迫ってくる。そして、思わず家族ってなんだろう?愛ってなんだろ?人生ってなんだろ?と自問自答してしまう。こんなに地味な作品なのに、後からジワジワとくる。
 マイク・リー監督の作品は、事前に台本を作らずに、登場人物のバックストーリーだけを事前に用意して、リハーサルとディスカッションを重ねた上で俳優たちに即興でセリフを喋らせ作り上げていくものとのことだが、それが信じられないほど展開に澱みがない。演じる俳優たちの演技が非常に自然で、まさに俳優たちそれぞれが演じるキャラクターと完全に同化しているかのような印象を受ける。すべての俳優が見事に機能していると言っていいだろう。その中でも、やはりあたし的にはティモシー・スポールが素晴らしいと思う。日々の生活に完全に疲れ切って、だけどその状況を打開しようという気にもならない。妻から愛されているのかも分からない疎外感、孤独感。抑えた演技の中でその心の内、切ない気持ちがビシバシと伝わってくる。息子が倒れたことをきっかけとしてその胸の内を妻ベニーに吐露するシーンも、大袈裟にわめいたり泣き叫んだりするのではなく、非常に訥々と、だけどそれがかえって人間臭く、効果的に彼の孤独な心情が伝わるように思える。観ているこっちもなんだか辛く、胸が痛む。家族なのに、こうやって言葉で確認しなきゃ気持ちって伝わらないんだろうか?人間って疲れ切るとこんなになっちゃうんだろうか?
 だけど、こうやって感情をぶつけ合い、それを分かち合うことで家族が再生していく過程に、わずかだけど、一筋の光明が見える気がして希望が感じられる。それは、単なるハッピーエンドではない、もっと深いもの。ローリーを見舞いに行くラストで、前日までのあの、完全に疲れきった表情とは対照的な、今までのモヤモヤを吹っ切れたかのような爽やかなフィルの表情が非常に印象的だ。

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