シティ・オブ・ゴッド
「灼熱の太陽とサンバに飛び交う銃弾!ここは世界で一番陽気な地獄!」
60年代後半、洪水や放火で他の街から流れてきた貧乏な連中が"シティ・オブ・ゴッド"に集まってくる。リオ一番のギャングになることを夢見るリトル・ゼ、ギャングから足を洗い、田舎で彼女と平和に暮らしたいと願うベネ、いい仕事を見つけて街を出たいバスの車掌マネ、自分の"縄張り"を守りたいドラッグ・ディーラー、セヌーラ、写真家を目指す少年ブスカペ。それぞれの愛と夢と欲望渦巻くリオのスラム社会、やがてドラッグと暴力と血にまみれ、街は次第に手の付けようのない危険な怪物と化していく・・・。
2002年のカンヌ国際映画祭で上映されたというこの作品、一言でその衝撃を言い表すのは非常に困難な、とてつもないパワーを持った傑作だと思う。
物語はオープニングのシーンから時間が巻き戻され、60年代、70年代そして80年代のこの街の変遷とそこで暮らす人々の姿が、ブスカペの視点から描かれ、そしてエンディング近くでオープニング・シーンにリンクし、そこからまた物語が展開していく。この間の描写が非常にリアルで観せ方も巧みで上手い。最初は「う〜ん、どうなのかな〜。」と半信半疑で観ていたのだが、60年代を描く最初のエピソードの後半からその展開に完全に引き込まれ、あとは激流に呑み込まれるかのごとく、最後までノンストップ。物語が進むに連れ、掌に汗が滲み、身体が座席に押し付けられる様な感覚を味わい、心拍数がドンドン上がっていくのが分かる。あまりの衝撃にカンヌでは途中退席者が続出したというのも頷ける話だ。
ここに描かれるのは、貧困、暴力、ドラッグ、夥しい量の血、そして少年たちの生のぶつかり合い。生まれながらにして戦場に放り込まれたかの如く、幼い子供までもが笑いながら銃をぶっ放し、ドラッグにハマり暴挙の限りを尽くす息の詰まるようなバイオレンスな現実。そう、これは虚構の世界でもなんでもなく、ノンフィクションをフィルムにしているのだ。リアルという意味では、ここで演技しているのは皆プロの役者ではなく、実際にスラムで生活している子供たち。だからこそ、彼らの表情、一挙手一投足からリアルさがストレートに伝わってくるのだ。ギミックなどに頼らないまさに直球勝負。生きるために毎日が戦争。このような世界に産み落とされてしまったら、まともな教育など受けられるはずもなく、人間の生命に対する感情など芽生えるはずもない。それだけに、何のためらいもなく人を殺すことだってできるんじゃなかろうか。
そして、暴力が暴力を呼び、ドンドンとエスカレートしていく暴力の連鎖。目には目を、歯には歯を。こうなるともう完全に手が付けられない。膨れ上がった暴力という名の怪物は、街を完全に呑み込み、街と同化し、すべてを焼き尽くす。思わず目をそらしたくなるような描写の数々。だけど、目をそらすことなどできずにスクリーンに釘付け。そう、目をそらしちゃいけない、現実を直視しなきゃいけないのだ。これは現代社会に対する警鐘か!?この"暴力の連鎖"、最も象徴的なのが、一縷の希望の光すら感じられない、背筋の凍るような救いようのない戦慄のラスト。このラストシーンには言葉も出ず、完全にKOされてしまった。
と、この作品中に描かれる非常に悲惨な側面ばかり書き連ねてみたが、じゃあ、観ながら暗澹たる気持ちになったのかというと、この悲惨でバイオレンスな現実が、陽気なラテンのリズムが刻まれる中にテンポよく、そしてリズミカルに描かれるものだから、そのスタイリッシュな映像と相俟って、暗さをまったくといっていいほど感じなかったのだ。この陰と陽の見事なバランス感覚。それが最後まで引っ張っていってくれた大きな要因のひとつであろう。そして、このバランス感覚が、悲惨さをより際立たせているというのもまた事実。その監督の見事な手腕に対する賞賛と、作品の与えてくれたあまりの衝撃に放心状態になり、場内が明るくなった後もしばらく席を立つことができなかった。もう一度言う。この作品はまごうことなき傑作である!