友へ チング

 「俺たち、遠くに来すぎたよ」
 1976年夏、プサン。地元の元締めを父に持ち、口ベタながらケンカが強くて情にも厚いジュンソク、葬儀屋の息子でケンカっ早いが憎めない存在のドンス、そして優等生のサンテクとお調子者のジュンホの4人の小学生は、いつでも一緒に遊んでいた幼なじみ。別々の中学に進むも再び高校で顔を合わせ、一緒につるむようになる。しかしある事件をきっかけにジュンソクとドンスは退学処分になり、やがてふたりは裏社会に足を踏み入れ対立していくようになる・・・。
 韓国では「シュリ」「JSA」 を超える大ヒットとなったこの作品、「シュリ」 にも「JSA」 にも泣かされたあたしとしては、いったいどんな感動ドラマが繰り広げられるのか、期待に胸膨らませながら劇場に向かったのだけれど・・・。
 う〜ん、キツイな・・・。なんか感情移入が全然できないうちに物語終わっちゃったって感じ。それが何故か考えたんだけど、小学生、高校生のときのエピソードが散漫というか、中途半端で深みのない描き方をされているから、大人になった彼らがあそこまで「友だちだから」というセリフを連発し、"絆"、"友情"を大切にしようとする行為に説得力がなく、それ故にラストにも泣けなかったのだろうという結論に落ち着いた(この際高校生に見えないという突っ込みはしません)。そりゃ確かに日常の何気ないことの積み重ねで確かな友情を育むという考え方もあるだろうけど。それだったら対立する組織で葛藤するジュンソクとドンスの心の揺れみたいなものもしっかりと描いて欲しかったな〜。結局「俺はお前を恨んでいない。俺たちは命令に従うだけだ。」で終わってんじゃん(それとも、ただ単にそこに込められた"想い"を汲めなかったあたしが鈍感なだけ?)。な〜んて、かなりボロクソ言ってますけど、大体にしてあたしってかなり"情"のない人間なのでしょうがないじゃん。あと、あたし自身の小学生〜高校生の頃の友人関係にあんまりいい思い出がないから、その頃の関係を後生大事にしようとする気持ちが理解できないというのも理由かも。
 ところで、韓国の裏社会の方々の武器は未だにドスが主流なのでしょうか?90年代に入ってからも銃を使わずにドスで勝負って、なんか時代遅れって気がするな〜(笑)。

たの目次へ   INDEX